2013年×月×日、隣の大学のX研究室で大発見がありました。なんでも溶液を、ある金属の表面を流しながら反応させると、簡単に光学活性中心を導入できるというのです。表面そのものが触媒として働くので他の触媒は必要なし、副反応もほとんど無し、触媒の分離すら要らないというんですから優れものです。この発想はこれまで世界には無く、有用で、しかも全く新しい反応で多様な応用展開も期待できることには間違いありません。X教授はこの手法を「表面フローキラル化法」と名付けました。
我らがP研究室の三代前の教授は、金属触媒の大家であり、P研を出たOBは企業・アカデミー共に沢山います。
またP研の助教は馬力があり、片っ端からデータを取り、沢山の論文を書き上げているので、不均一触媒の分野では現在でも名の知れた存在です。しかしながら最近、やることも飽和してきており、あらたな発想が求められています。
ドクター1年生で新たなテーマを模索していたQ君は、X研の発見を聞いて、大変興味を持ちました。そこで自分のボス、P教授に言います。
「X研の論文は世界を変えるような気がします。でも彼らはロジウムに拘っています。僕もルテニウムであの表面フローキラル化法を試してみたいと思います。」
さあ、Q君の運命はどうなるでしょうか?博士課程の学生くらいになると、P教授がQ君に言う言葉が容易に想像できるのではないでしょうか。
恐らくQ君は怒られるでしょう。そしてこの様なことを言われます。
「人の研究の後追いをするなんて、研究者としては良くない考えだ。研究者たるもの、オリジナルな研究を志さないでどうする。」
「ましてやライバルのX研のテーマをまねするなんて、X教授が聞いたらなんと思うか。Q君、君はミーハーで、人のアイデアにすぐ飛びつくばっかりで、自分のアイデアが何もないヤツだと言われると思わないかい?
この君が考えた研究はうまくいきそうに思っているだろう。もしかしたら論文も出るかも知れない。
しかし、仮に劇的に反応効率を改善する方法を達成したとしても、あくまでX先生のお手伝いでしかない。そんな研究をやっていては、どんなにいいジャーナルに論文を通しても評価されないし、助手までは行けても准教授以上になるのは無理だろう。それにあの方法は反応効率も悪いし、よくなるようにはとても思えない。
研究者を目指す以上は、誰の物でもない、自分の研究と言える柱を一本立てるのが大切だ。確かにあの表面フロー法は面白い。でも君だってもっと面白いオリジナルの研究がきっとできる。自分のオリジナルの研究は、何百年も残る物だよ。それってスゴイと思わないかい?」
僕は研究者でありながら、実は最近、このP教授の考え方に反対なのです。
(上記の物語は当然ながらフィクションです。)